琵琶湖の南に位置する近江八幡市は豊臣秀次がここに城下町を作ったことがはじまりです。
豊臣秀次は、豊臣秀吉の甥にあたり、秀吉のあと関白をつとめました。
そんなに有名な人物の甥であり跡継ぎたったのに、ほとんど知られず、また一面では「殺生関白」と評されています。
ですが、この町に生きた町民の子孫である私たちは、歴史の新たな面を知っています。
秀次は、この近江八幡で町民、商人のための理想的なまちづくりをめざしました。
そして上水道の整備された町がうまれ、近江商人が日本中に進出する基盤を作りました。

「秀次倶楽部」は歴史に埋もれた人物である豊臣秀次を知ってもらうための情報を発信しています。「秀次倶楽部」は豊臣秀次を通して、近江八幡の情報を発信し、活力あるまちづくりを目指して活動しています。

秀次像豊臣秀次(1568-1595)